かまど地獄(竈地獄)と縁のある八幡竈門神社のhome pageをリンクしました

かまど地獄(竈地獄)と縁のある八幡竈門神社のhome pageをリンクしました。
 
かまど地獄HPからもリンク → http://hachimannkamado.sub.jp/
 
かまど地獄と八幡竈門神社には、古来より氏神(八幡竈門神社)の大祭にかまど地獄の噴気で御供飯を炊いていた事やかまど地獄の鬼(門番)やそれを見張る龍神、鬼の忘れた石草履の言い伝え等の関連する深い縁があります。
 
全国的にも稀な三十六神を祀る「八幡竈門神社」
 
仁徳天皇(在位312-399年)御宇のとき曰く、日本武尊および神功皇后(200年頃説)が西征のとき豊後州速見郡竈門荘亀山に行宮(天皇行幸の仮宮)を造る。このとき国常立尊、天照大御神を始め三十三神奉斎する。
次に聖武天皇(在位724-749年)の御宇、神亀四年(727年)三月十五日豊前国宇佐より仲哀天皇、応神天皇の神霊が竈門荘宝城峯に降臨する。山麓において大神諸男と大神豊永(竈門宮宮司)が相議し、御越山に遷座奉る。既にして亀山の桜樹の枝上に現れる。再び竈門宮に奉斎する(例大祭桜会祭の紀元)。併せて三十五神となる。既に竈門宮と称す。
次いで淳和天皇(在位823-833年)の御宇、天長三年(826年)宇佐より神功皇后の神霊を迎え、併せて三十六神となる。このときより八幡竈門宮と称する。
 
資料(大宮司矢黒家 八幡竈門宮伝記より)

 

« »

Language
Language